丸の助通信 |

名越の切り通しを歩いてみる


4/3に鎌倉側ではなく逗子側から入ってみました。

案内板には何が書かれているかというと、『鎌倉時代に尾根を掘り割って作られたとされる通行路で、鎌倉幕府の事績を記した吾妻鏡の1233年に名越坂として登場するのが最初』的な事が書かれています。
いわゆる古道というヤツです。

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逗子側の道は、階段がついていたり、ちゃんと整備されています。
一方の鎌倉側は、けものみちのまま。
進むにつれて、どんどん道が悪くなっていきます。


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急に狭くなる道。

攻めてきた敵が大渋滞をおこした所を上から狙い撃ちにするつもりだったのでしょう。


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逗子側からだと、有名なまんだら堂やぐら群はわりあいとすぐに出現します。
ただ、今年の公開は3/21に終了してしまったので中まで入れません。

柵の外からの一枚となりました。


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お猿畠の大切岸

諸説ありましたが、結局石切場の遺跡と言うことが判明しました。いわゆる鎌倉石をここで切り出していたようです。
お猿畠というのは、鎌倉を追われた日蓮上人がこの付近で三匹の白猿に助けられたという言い伝えにちなんだものだそうです。


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そばにあるパノラマ台からの光景です。

由比ヶ浜、稲村、江ノ島が一望できます。桜満開の季節だったら、もっと白いのがたくさんあったかな。


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最後は、報国寺あたりにある華頂の宮邸を眺めて解散です。公開日は4/9,10でした。一週間遅く行けば中を見れたのですが、
ここも窓越しの撮影と相成りました。
なんだか、造りが鎌倉文学館に似ている。。

Category : 日常のこと
Posted by 丸の助. on  | 0 comments 

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